「亥の子(いのこ)」という言葉を聞いても、どんな行事なのかすぐに思い浮かばない方も多いのではないでしょうか。
亥の子は、旧暦10月の亥の日に行われる秋の行事で、西日本を中心に、収穫への感謝や翌年の豊作を願う風習として伝わってきました。
地域によっては「亥の子餅」を食べたり、子どもたちが石やわら束で地面をたたく「亥の子突き」を行ったりします。
また、東日本に伝わる「十日夜(とおかんや)」とよく似た行事でもあるため、「何が違うの?」と気になる方もいるかもしれません。
この記事では、亥の子の意味や由来、何をする行事なのか、亥の子餅や亥の子突きの風習、さらに十日夜との違いまで分かりやすく紹介します。
昔ながらの秋の行事を知りたい方は、ぜひ参考にしてみてください。
亥の子とは?何をする行事?
亥の子(いのこ)とは、旧暦10月の亥の日に行われる秋の行事です。
西日本を中心に伝わってきた風習で、その年の収穫に感謝したり、翌年の豊作や家族の無病息災、子孫繁栄などを願ったりします。
「亥の子」という名前だけを見ると、
「イノシシと関係があるの?」
「何をする日なの?」
と少し分かりにくいですよね。
代表的なのは、亥の子餅を作って供えたり食べたりすることです。
地域によっては、子どもたちが石やわら束などを使って地面をたたく「亥の子突き」という風習も伝わっています。
亥の子の行い方には地域差がありますが、大きく見ると、
- 秋の収穫に感謝する
- 翌年の豊作を願う
- 亥の子餅を供えたり食べたりする
- 子どもたちが地面をたたきながら家々を回る
といった風習が伝わってきました。
西日本では、秋の収穫祭や田の神送りと結びついた行事として伝わる地域もあります。
一方、東日本には、よく似た収穫行事として「十日夜(とおかんや)」があります。
名前や日にちは違いますが、どちらも秋の実りに感謝し、翌年の豊作を願うというところに共通点があります。
亥の子について知ると、単なる昔の風習ではなく、秋の収穫を家族や地域みんなで喜んできた行事だったことが見えてきます。

亥の子の意味と由来
亥の子は、中国から伝わった風習と、日本の農村に古くからあった秋の収穫行事が結びつきながら広まったとされています。
中国には、旧暦10月の亥の日、亥の刻に餅を食べ、無病息災などを願う風習がありました。
その風習が日本にも伝わり、平安時代には宮中でも亥の日に餅を食べる行事が行われるようになったとされています。
その後、民間へ広がっていく中で、日本の農村にあった収穫祭や田の神を送る風習とも結びついていきました。
そのため、現在伝わる亥の子には、
「亥の日に餅を食べ、健康や繁栄を願う」
という要素と、
「秋の収穫に感謝し、翌年の豊作を願う」
という要素の両方を見ることができます。
ひとつの由来だけでできた行事というより、中国から伝わった習慣と、日本の農耕文化が重なりながら地域ごとの形に発展してきたと考えると分かりやすいでしょう。
今では「亥の子餅」という和菓子の名前だけを知っている方もいるかもしれません。
けれども、その背景には健康や子孫繁栄への願いだけでなく、秋の実りを喜ぶ人々の暮らしも重なっています。
なぜ「亥の日」に行うの?
亥の子という名前の「亥」は、十二支の亥を表しています。
今では十二支というと、子・丑・寅・卯……と、その年を表すものとして見ることが多いですよね。
昔の暦では、年だけではなく日にも十二支が割り当てられていました。
そのため、12日に一度「亥の日」が巡ってきます。
亥の子は、旧暦10月に巡ってくる亥の日に行われることから、この名前で呼ばれています。
また、「亥」は動物ではイノシシを表します。
イノシシは一度に多くの子を産むことから、亥の子には子孫繁栄や家族の繁栄を願う意味も結びついてきたとされています。
ただし、「イノシシがたくさん子どもを産むから亥の子が始まった」と、由来をひとつに決めつけないほうが自然です。
亥の日に餅を食べて健康を願う習慣、秋の収穫への感謝、子孫繁栄への願いなど、いくつもの意味が重なって現在の亥の子へつながっています。
ひとつの行事の中に、暮らしや農業、家族への願いが一緒に込められているところに、昔の季節行事らしさを感じます。

亥の子では何をする?
亥の子の風習は地域によってかなり違います。
その中でも代表的なのが、亥の子餅を供える・食べることと、子どもたちが行う「亥の子突き」です。
どちらも形だけを見ると少し違った風習ですが、その背景には、
- 今年も無事に収穫できた
- 来年も豊かに実ってほしい
- 家族みんなが元気に暮らせますように
といった願いがあります。
昔ながらの行事というと、少し遠いものに感じるかもしれません。
けれども、願っていること自体は、今の私たちにもそれほど遠くありません。

亥の子餅を供える・食べる
亥の子の日には、「亥の子餅」と呼ばれる餅を作って食べる風習があります。
亥の子餅は、亥の子の日に食べる季節の餅として伝わってきました。
中国には亥の日に餅を食べて無病息災を願う風習があり、日本では平安時代の宮中にも取り入れられました。
その後、西日本を中心とした農村では、秋の収穫祭とも結びついていきます。
収穫したばかりの米で餅を作り、神に供え、そのあと家族で食べる。
亥の子餅は単なる季節のお菓子ではなく、秋の実りそのものを喜ぶ食べ物でもあったことが分かります。
現在の亥の子餅は、地域や和菓子店によって形や材料がさまざまです。
イノシシの子どもである「うり坊」を思わせる形にしたものもあります。
小豆やごまなどを使ったものなど、お店によって見た目や味にも違いがあります。
「亥の子餅はこの形でなければならない」と決まっているわけではありません。
むしろ、地域や店による違いを見比べてみるのも楽しみ方のひとつです。
秋に和菓子屋さんをのぞいたときに亥の子餅を見つけたら、昔の人が込めてきた願いを少し思い出しながら味わってみるのもよさそうですね。
亥の子餅や秋の和菓子を楽しみたい方は、季節商品の取り扱いを確認してみるのもよいでしょう。
「亥の子突き」で地面をたたく
亥の子の風習でもうひとつ特徴的なのが、「亥の子突き」です。
地域によって方法は異なりますが、子どもたちが石やわら束などを使って地面をたたきながら家々を回ります。
たとえば、大きな丸い石に何本もの縄を付け、子どもたちが周囲から縄を引いて石を持ち上げ、地面へ落とす形があります。
わらを束ねた棒で地面をたたく地域もあります。
子どもたちは亥の子唄を歌ったり、祝いの言葉を唱えたりしながら地域の家々を回り、お餅やお菓子などを受け取ることもありました。
今の感覚では、「どうして地面をたたくの?」と少し不思議ですよね。
地面をたたく意味については、農作物に害を与えるモグラなどを追い払うため、土地の力を呼び起こすため、豊作を願うためなど、地域によってさまざまに伝えられています。
ここでも、意味をひとつに決めつけないほうが自然です。
それよりも、「子どもたちも一緒になって、地域全体で収穫を祝っていた」という姿を想像すると、亥の子の雰囲気が伝わりやすくなります。
現在も地域によっては、亥の子突きや亥の子唄などの風習が受け継がれています。
昔からの形を守りながら続けている地域もあれば、今の暮らしに合わせて形を変えながら残しているところもあります。
亥の子餅とは?
亥の子餅とは、亥の子の日に食べる餅です。
「亥の子について調べていたら、亥の子餅という言葉が出てきた」という方も多いかもしれません。
古くは、旧暦10月の亥の日に餅を食べると無病息災で過ごせるという中国の風習が日本へ伝わり、平安時代には宮中でも行われるようになりました。
イノシシが多くの子を産むことから、子孫繁栄や安産などを願う意味も結びついたとされています。
また、日本の農村へ広がる中で秋の収穫祭とも結びつき、新しく収穫された米を使って餅を作る風習も伝わりました。
亥の子餅には、
- 健康への願い
- 家族の繁栄への願い
- 秋の収穫への感謝
といった複数の意味が重なっています。
ただし、「亥の子餅は必ずこの材料、この形」と決まっているわけではありません。
地域や時代によって作り方は異なりますし、現在販売されている和菓子もお店によってさまざまです。
うり坊のような形をしたものもあれば、素朴な餅菓子として作られているものもあります。
意味を知ってから亥の子餅を見ると、季節限定の和菓子が少し違って見えてくるかもしれません。
亥の子と十日夜の違い
亥の子とよく似た行事に「十日夜」があります。
どちらも秋の収穫に感謝する行事なので、「名前が違うだけで同じ行事なの?」と思うかもしれません。
意味には似ているところがありますが、日にちや主に伝わってきた地域、代表的な風習に違いがあります。
| 項目 | 亥の子 | 十日夜 |
|---|---|---|
| 時期 | 旧暦10月の亥の日 | 旧暦10月10日 |
| 主な地域 | 西日本を中心に伝わる | 関東・中部など東日本を中心に伝わる |
| 代表的な風習 | 亥の子餅、亥の子突きなど | 餅やぼた餅、わら鉄砲、カカシアゲなど |
| 主な意味 | 収穫への感謝、豊作祈願、無病息災、子孫繁栄など | 収穫への感謝、田の神送り、豊作祈願など |
大まかに整理すると、西日本では亥の子、東日本では十日夜という形で、秋の収穫に関わる似た行事が伝わってきたと考えると分かりやすいです。
どちらにも、収穫への感謝、翌年の豊作への願い、地面をたたく風習、餅などの供え物といった共通点があります。
並べてみると、かなり似ていますよね。
ただし、「ここから西は必ず亥の子、東は必ず十日夜」と地図上できれいに分かれるわけではありません。
同じ地方でも名称や行い方が違う場合があります。
そのため、「秋の収穫を祝う似た行事が、それぞれの地域で違う形に発展してきた」くらいに考えると分かりやすいでしょう。

【関連記事】
十日夜について詳しく知りたい方は、「十日夜とは?読み方・意味・十五夜や十三夜との違いを解説」もあわせてご覧ください。
亥の子と新嘗祭は同じ?
亥の子と同じように、秋の収穫に感謝する行事として「新嘗祭(にいなめさい)」があります。
どちらも新しい穀物や収穫に関わるため、「同じ行事なのかな?」と思う方もいるかもしれません。
亥の子と新嘗祭は、どちらも収穫への感謝に関わりますが、同じ行事ではありません。
亥の子は、地域の暮らしの中で伝わってきた民俗行事です。
一方、新嘗祭は宮中で行われる祭祀です。
どちらにも「新しく収穫された穀物に感謝する」という共通点がありますが、成り立ちや位置づけは異なります。
今回の記事では亥の子が中心なので、新嘗祭についてはここで詳しく広げすぎないようにします。
新嘗祭について知ると、
- なぜ11月23日なの?
- 勤労感謝の日とはどういう関係?
- 何をする祭りなの?
といった別の疑問も出てきます。
このあたりは、新嘗祭をテーマにした記事でまとめて確認したほうが分かりやすいでしょう。
【関連記事】
新嘗祭については、意味や由来、勤労感謝の日との関係まで含めて別の記事で詳しく紹介する予定です。
亥の子と田の神の関係
日本の農村で伝わった亥の子は、田の神とも深く結びついています。
昔は、春になると田の神が田へやってきて稲作を見守り、秋の収穫が終わると山へ帰っていくと考えられていた地域がありました。
亥の子を、収穫を終えた田の神を送る日としてきた地域もあります。
新米で餅を作って供えることも、こうした田の神への感謝と結びついています。
一年間田んぼを守ってもらい、無事に稲を収穫できた。
そのことに感謝して田の神を送り、翌年も豊かに実るよう願う。
そう考えると、亥の子餅や亥の子突きも、単なる食べ物や遊びではないことが見えてきます。
農作業の一区切りを地域全体で確認し、「今年も無事に終わった」と喜ぶ節目でもあったのでしょう。
現在は農業に直接関わっていない人も多いですが、お米や野菜を食べる暮らしそのものは変わっていません。
田の神という考え方をそのまま取り入れなくても、「今年も食べ物が収穫されたことに目を向ける」というところは、今の暮らしにもつながる部分です。
亥の子は現在でも行われている?
亥の子は昔の農村だけの行事というわけではありません。
全国的に広く知られた行事とは言いにくくなっていますが、現在も地域の伝統行事として受け継がれているところがあります。
子どもたちが地域の家を回ったり、亥の子唄を歌いながら石を突いたりする風習が残る地域もあります。
ただ、昔と今では暮らし方が大きく変わっています。
農家の減少や少子化、地域コミュニティの変化などによって、昔と同じ形で続けることが難しくなっているところもあります。
現在の亥の子を見るときも、「昔と同じ方法でなければ本当の亥の子ではない」と考える必要はありません。
昔ながらの形を守っている地域もあれば、人数や方法を変えながら続けている地域もあります。
亥の子突きの道具や唄にも地域差があります。
むしろ、「この地域ではどんな亥の子が伝わっているんだろう」と調べてみると、土地ごとの文化の違いが見えてきて面白いです。

亥の子を現代の暮らしで楽しむなら
亥の子について知って、「亥の子突きをしないと楽しめないのかな?」と思う必要はありません。
地域の行事として参加できる場合は、実際の亥の子に触れてみるのもよいでしょう。
家庭なら、もっと気軽に取り入れられます。
- お餅や亥の子餅を食べる
- 新米を炊いて味わう
- 秋に収穫された野菜を食卓に並べる
- 地域に残る亥の子の風習を調べてみる
- 十日夜など、ほかの収穫行事と比べてみる
- 近くの和菓子店で亥の子餅を探してみる
昔ながらの作法をすべて再現しなくても大丈夫です。
「昔の行事をきちんと再現する日」と考えるより、「今年も秋の実りをいただけることに少し目を向ける日」と考えると、今の暮らしにも取り入れやすいです。
新米を炊いたとき。
秋野菜を食べたとき。
和菓子屋さんで亥の子餅を見つけたとき。
その背景にある収穫や季節について少し考えてみる。
それだけでも、昔から伝わる亥の子の意味に触れられます。

亥の子の時期に季節の和菓子や新米を楽しみたい方は、取り扱い商品や価格を確認してみるのもよいでしょう。
亥の子まとめ
亥の子は、旧暦10月の亥の日に行われる秋の行事です。
西日本を中心に伝わり、その年の収穫への感謝や翌年の豊作、無病息災、子孫繁栄などを願う風習として受け継がれてきました。
代表的なのが「亥の子餅」と「亥の子突き」です。
亥の子餅には、亥の日に餅を食べて健康などを願う風習と、日本の秋の収穫文化が重なっています。
また、子どもたちが石やわら束などで地面をたたく亥の子突きも、地域によってさまざまな形で伝えられてきました。
東日本の十日夜とは、日にちや代表的な風習に違いがあります。
ただし、秋の収穫に感謝し、翌年の豊作を願うという点ではよく似ています。
新嘗祭も収穫への感謝に関わる行事ですが、亥の子とは成り立ちや位置づけが異なります。
亥の子を知ると、お餅を食べる風習や子どもたちが地面をたたく行事の中にも、収穫への感謝、家族の健康、子孫繁栄、翌年の豊作といった昔の人々の願いが込められていることが見えてきます。
現在は昔と同じ形で亥の子を行わない家庭も多いですが、新米や秋の食べ物を味わうときに、季節や収穫へ少し目を向けてみるだけでもよいでしょう。
昔から伝わる行事を知ることは、その時代の人々が季節や食べ物をどう大切にしてきたのかを知ることにもつながります。
【関連記事】
十日夜について詳しく知りたい方は、十日夜の記事もあわせてご覧ください。
【関連記事】
新嘗祭については、意味や由来、勤労感謝の日との関係まで含めて別の記事で詳しく紹介する予定です。

